藁と宇宙のフラクタル構造展 ―循環と祈りと共に―
フィンランドのヒンメリ、リトアニアのソダス、そして、日本のしめ縄。
いずれも、麦や稲などの可食部をとりおわった後の藁を利用します。
昔の人々は、「藁」に神聖さを見出し、実用的な藁道具とは一線を画した、
美しい装飾をつくりだしました。
これらに共通する魅力は、
① 連続する幾何学の美しさ
② 農と結びついた自然の循環の中にあること
③神聖な祈りのしつらえであること
この3つは、一見別々の特徴のようで、相互に結びつきあっているように思います。
本展では、藁の装飾の魅力を、「フラクタル構造」という概念を用いて探求します。
1.フラクタル構造とは
フラクタル構造とは、たとえばシダの葉のように「どんなに小さな一部分をとっても、それが全体と同じ形をあらわしている構造」のことで、自己相似と呼ばれます。
この性質は海岸線、樹木の枝の形、雲の形、山の起伏、雪の結晶、人体の血管構造など、自然界のあらゆるところに存在します。
最近の研究では、宇宙もフラクタル構造であるという説があります。
①ヒンメリ・ソダスのフラクタル構造
シャンデリア型やピラミッド型などの伝統的モチーフは、小さな正八面体が集合し、大きな正八面体を形つくるフラクタル構造がベース。
本展では、シェルピンスキーのギャスケット、シェルピンスキーのカーペットとよばれる
フラクタル幾何学のヒンメリも展示します。
②しめ縄のらせん構造
しめ縄のらせん構造もまた、自然のシステムです。
私達のDNAは二重らせんの立体構造として有名。
自然界には、台風、渦潮、植物の蔓・葉・種の配列、巻き貝など、らせんがあふれています。
なんと、わたしたちの住む天の川銀河も、らせん構造。
小さならせんから大きならせんへ
これもまたフラクタル構造と関わりがあります。
2.神聖幾何学
植物の花びらの数や、人の指関節の長さの比率、細胞分裂の過程、天体の配置など、自然界の万物に共通してみられる数学的・幾何学的法則を表すのが、神聖幾何学です。
例えば、松ぼっくりには、宇宙の幾何学システムがわかりやすく表れています。
松ぼっくりの鱗は、時計回りと反時計回りの二重螺旋を描いています。
しかも、反時計回りに13回、時計回りに8回で、これはフィナボッチ数列です。
フィナボッチ数列とは、イタリアの数学者フィボナッチが発見した数列。
1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、89、144…
「どの数字も前2つの数字を足した数字」という規則の数列です。
自然界には、他にも、木の枝分かれ、花びらや葉、ひまわりの種のらせんの数などフィナボッチ数列がたくさん見られます。
3.プラトン立体
古代哲学者プラトンは、数や幾何学的図形の中に宇宙の真理を表す意味があると考え、
「神は常に幾何学する」という言葉を残しました。
プラトン立体とも呼ばれる正多面体は世の中に5つ
正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体しか存在しません。
プラトンは、そのうち4つに宇宙を構成する四元素をあてはめました。
正四面体=「火」 、正六面体=「土」 、正八面体=「空気」 、正二十面体=「水」
残る一つ、正十二面体を、「宇宙全体を包むもの:エーテル」に対応させました。
エーテルという概念は、 19世紀に入る頃まで、 多くの科学者に信じられていました。
海の波が水を、音の波が空気を必要とするように、宇宙空間に光や重力の波を伝える何か、それこそが「エーテル」だそうです。
下の写真は、各面の五角形に五芒星を内包させ安定させた正十二面体です。
原子が結晶化するとき、原子は必ず決まった配列で並びます。
複雑な構造を持つ分子であっても、その中には形があり、それは常に5つのプラトン立体のどれかに帰するものになっています。
小さな原子にとってお互いの距離が離れていても、しっかり整列しているそうです。
下の写真は、正二十面体を結合させ輪にしたものです。
まるでポンデリングのようです。
空中にも、正八面体ポンデリング分子が浮遊しているかもしれせん。
5つのプラトン立体のうち、
正十二面体と正二十面体は互いに双対の関係にあります。
双対とは、一方の多面体の各面の中心を頂点とし、辺で結ぶと、もう一方の多面体が内接した形で現れる、面と頂点の数が入れ替わった関係。
(正十二面体は12の面と20の頂点、正二十面体は20の面と12の頂点を持つ)
上の写真の左側は、白い正十二面体の中に黒い正二十面体がイン。
正十二面体はヒンメリで作ると安定しないので、五角形の面を5つの三角形に分割していて、ちょうどその中心に正二十面体の角が重なります。
右側は白い正二十面体の中に黒い正十二面体がイン。
プラトン立体同士は、他にも色々な特別な関係性があり、奥が深いです。
4.フラワー・オブ・ライフ
フラワー・オブ・ライフも重要な神聖幾何学です。
古代からエジプトやギリシア、日本などさまざまな文化や宗教で見られる幾何学模様で、 生命や宇宙の神秘を象徴するとされています。
上の図のような円を重ねた2次元のフラワー・オブ・ライフが最もよくみられるものですが、
本展では3次元フラワーオブライフのヒンメリを展示します。
3次元フラワーオブライフには、すべてのプラトン立体が含まれています。
5.宇宙の始まりの正八面体
瞑想家ドランヴァロ・メルキゼデク(アメリカ1941ー)は、正八面体は、宇宙のはじまりだと言います。
「はじまりは、何もない、無。ただ闇があるだけ。 そこに、一つの意識が生まれる。
意識は、東西南北、そして上下の6つの方向に光を飛ばす。
光が同じ距離で届いた6つの点を結ぶと、正八面体ができあがり、はじめて空間が定義される。」
ヒンメリの最もオーソドックスな形・正八面体は、宇宙のはじまりをあらわしているのかもしれません。
6.バックミンスター・フラーと三角形
バックミンスター・フラー(1895-1935アメリカ)という建築家がいます。
発明家、デザイナー、数学者、幾何学者など、たくさんの肩書を持っていました。
フラーの建築の中で最も有名なジオデシックドームは、三角形を基本単位としており、
まるでヒンメリのよう。
下の写真は、関西万博で撮影しました。
下の写真は、八十面体のヒンメリです。
ジオデシックドームに似ていますね。
他にも彼は、オクテット・トラス構造と呼ばれる正四面体、正八面体を基本単位とし、軽量で抜群の強度を生み出す構法を開発しました。
下の写真は、正四面体、正八面体を柱状に組んだソダスです。
フラーは、「宇宙を内側と外側に分割するもの」を「システム」と呼びました。
空間をとり囲むことができる最小限のかたちは正四面体なので、最もシンプルで基本的なシステムは正四面体。
正四面体をつなげると、宇宙のシステム・らせん状となります。
7.ヒンメリの基本単位は、四角形でなく三角形
サイコロ、ビルなど、私たちが一番慣れ親しんでいる立体は、四角形の六面体(立方体)。
でも、ヒンメリで立方体を作ろうとすると形状が安定せず、三角形の支えが必要となります。
下の写真は、神聖幾何学マカバを内包することでようやく安定した立方体。
名付けて「マカバキューブ」のヒンメリを展示しています。
マカバは、2つの逆向きの正四面体を組み合わせた形状。
白い上向きの正四面体(男性性、陽のエネルギー、天)と、黒い下向きの正四面体(女性性、陰のエネルギー、地)が組み合わさることで、陰と陽のバランスが取れ、調和・統合が生まれると考えられています。
今回の個展では、64個のマカバキューブを連結した大作を作りました。
バックミンスター・フラーによると
「自然界では、本質的に自己形成する立方体状の構造が基本的構造をもつ多面体として
発生することはない。
しかし、同じ大きさの2つの対称的な正4面体を互いに組み合うように挿入して構造を形成できる」
これはまさに「マカバキューブ」と同じ構造。
「コズモグラフィー シナジェティクス原論」バックミンスター・フラー著
8.自然が採用している原理の発見
フラーは、「私は自然を模倣しようとしているのではない。
自然が採用している原理を発見しようとしているのだ」と述べています。
フラーの見つけた原理は、自然が採用している原理であったことを証明する事例として、
最も有名なのがフラーレンの発見。
フラーレンとは、ジオデシック・ドームのような構造をもっている炭素の同素体の総称。
代表的なC60はサッカーボールのように、六角形20個と五角形12個が組み合わさってできています。
本展では、フラーレンのヒンメリも展示します。
では、フラーは、どうして自然が採用している原理を発見したかったのでしょうか。
それは、自然が採用する原理が、効率的であるからです。
三角形を基本単位とする工法は、軽量で抜群の強度を生み出す構法。
フラーは宇宙船地球号を提唱し、資源を最大限に利用するための実用的な技術を研究し、
「全人類の物質的、経済的な問題の解決」に一生を捧げました。
わたしは、自然が採用する原理が、エネルギーを効率的に循環、活用するための合理的システムであることに感動を覚えます。
地球は、宇宙は、なんという完璧なシステムなのでしょう。
わたしは、どうして昔の人が、このような幾何学の「藁の装飾」を作ったのか、不思議でした。
それはもしかすると、フラーと同じく「自然が採用している原理の発見と再現」
だったのかもしれません。
9.精神世界と自然科学の融合
フラーの著書「コズモグラフィ」の中の図「原子核の構造システム」をみて、わたしは驚きました。
それはまさに「3次元フラワーオブライフ」と全く同じ構造だったから。
「コズモグラフィー シナジェティクス原論」バックミンスター・フラー著
フラワー・オブ・ライフは、精神世界の話だと思っていました。
けれど、科学者・フラーは、自然が採用している原理を、数学・物理学的に探究する過程で、
同じ幾何学に到達していたのです。
目に見えない精神世界、難解な数学的証明、
どちらもわたしには確かめることのできない領域です。
でも、この宇宙の成り立ち、そして今私たちをとりまく現象が、どうやら幾何学の法則に従っている。
もしかすると「藁の装飾」も、それを表しているのではないかと考えると、とてもわくわくします。
10.種まきから藁細工作りまで 大いなる循環の一部となること
ライ麦は、秋、大地に種をまきます。
たくましく冬を越し、初夏には2mの高さまで育ち、凛と育つその姿に強い生命力を感じます。
稲もまた、春の種まき、田植えから始まり、暑い夏を越し、秋に頭を垂れる黄金の穂の美しさは、
圧巻です。
収穫した穂を食し、藁細工を作る。 そしてまた種をまく。
この小さな田畑の循環は、地球の循環であり、ひいては宇宙の循環であり、まさにフラクタル構造。
こうして書くと至極あたりまえのことなのですが、ともすると忘れてしまう「わたしたちは自然の一部である」という感覚を、 田畑にいると感じることができるのかもしれません。
11.伝統食を守り、歴史の一部となること
2024年の夏、フィンランドを訪ね、ヒンメリの材料となるライ麦が、フィンランドの人のソウルフードであることを実感しました。
それは、わたしたち日本人にとっては、米です。
わたしはご縁いただき、5年前から稲作に関わっています。
今年は、ようやく、家族で1年間に食べるお米の半分くらいを自給することができました。
決して一人ではできない稲作は、日本人の和を重んじる精神性、社会形成に大きな影響を与えてきたと感じます。
毎年思うことは、こんなに手間暇かけてまで、どうして私たち日本人はお米を食べ続けてきたのか。
とてつもない距離(地球10周分)の疎水を引き、水を奪い合い、そして分け合い、
力を合わせてきたのか。
生まれてから死ぬまでのほぼ全ての時間を、命を、稲作に費やしてきたのか。
それはもう、個人の意思を超えた、 何か大きな力、流れのせいとしか考えられず、
その流れに今わたしも巻き込まれているのかもしれません。
伝統的な食を守ることは、脈々と受け継がれた歴史の一部となること
それもまた、フラクタル構造といえそうです。
12. 麦藁、稲藁の神聖さ
ライ麦は、痩せ地でも育ち飢饉を救うため、フィンランドでは神の穀物と呼ばれているそうです。
おおくぼともこ著「フィンランドの伝統装飾ヒンメリ」には以下の記述があります。
「冬が長く厳しいフィンランドでは、12月下旬の冬至に、太陽神の誕生祭や農耕神への収穫祭「ヨウル」を行っていました。
その装飾として生まれたヒンメリは「天」という意味。
収穫したばかりの藁には精霊が宿り幸せを呼ぶ力があるとして、藁で作ったヒンメリを食卓の上に吊るし、天へと繋がる道を作り出し、
翌年の豊穣を祈りました。」
「瑞穂の国」日本における稲も神話に紐づき、豊作を祈り、収穫に感謝する神事・祭りが各地で伝承されています。
稲藁もまた、神聖なものとして古来より大切にされ、「しめ縄」は、神様を迎えるための清浄な場所を示す結界や、魔除けとして用いられています。
13. 祈りのための藁細工
「藁の装飾」は、どれも、祈りのしつらえです。
では祈りとは何でしょう?
いい一年になりますように、
豊作でありますように
「未来への」願掛けがあります。
それと同時に、「今ここにある」自然への讃美、畏敬の念、感謝もまた、祈りです。
季節ごとの美しい風景に抱かれながらの野良仕事は、活力と癒しの源泉となります。
わたしは、田畑を耕し、その風土と一体化することに底知れぬ安心感を感じます。
そして、美しい藁に触れながら、無心になれる藁仕事の時間
完成した藁の装飾を眺めながら、家族や近しい人と過ごす穏やかな暮らし
祈りの成果でなく、その過程に、私たちはもうすでに多くの恵みをいただいている。
「祈り」とは、この美しい宇宙を讃え、その一部であることへの感謝だと考えてみる。
そうすると、太古の昔から、世界中で、祈りのしつらえに、宇宙の創造システムである神聖幾何学がとり入れられていることは、自然なことだと思うのです。
14 わたしから宇宙へのフラクタル
リトアニアのソダスの伝統的モチーフ
ピラミッド
上向のものは神聖な宇宙エネルギーを集め、
下向きのものはそれを地上で暮らすものたちに降ろすといわれています。
正八面体が集合し全体として大きな正八面体を形作っており、まさに「どんな小さな一部をとってもそれが全体と同じ形を現している」フラクタル構造。
ソダスは「庭」という意味。
昔のリトアニアの人が、「庭」で「宇宙」を表現したことに、本質を感じます。
全てがフラクタル構造であるとすると、「庭」はまさに「宇宙」の縮図だから。
この作品の上下のピラミッドの間で揺れる無数の八面体は、この世界の森羅万象を表現しました。
それぞれ揺れ動きながらも、輝き調和する美しさを感じているいただけたらうれしいです。
わたしの調和が、この小さなソダスの調和が、宇宙の調和とフラクタルであるという確信と共に。
参考文献:
◯ドランヴァロ・メルキゼデク著
「フラワー・オブ・ライフ~古代神聖幾 何学の秘密(第1〜2巻)」
ナチュラルスピリット 2001/12/25
◯ R.バックミンスター フラー 著
コズモグラフィ-: シナジェティクス原論
白揚社 2007/9/1
◯ a+u2023年8月号/バックミンスター・フラーの7つの原理
エー・アンド・ユー 2023/7/27
○おおくぼともこ著
「フィンランドの伝統装飾ヒンメリ」
プチグラパブリッシング 2007/12/10
○Eija Koski 著
「Himmeli - dreidimensionale Objekte aus Stroh: Tradition, Techniken und Projekte」
◯Eija Koski著
「ヒンメリのハーモニー」
Maahenki 2017
◯ Vilniaus etninės kultuūros centras
ヴィリニュス民族文化センター
Šiaudinio sodo rišimas. Mokomasis filmas
https://youtu.be/YxIXgWwbSqU?si=NZeoFKhACy0qdtqC
◯ READING LIFEby天狼院書店
この世界を支配する美しき法則「フラクタル」《宇宙一わかりやすい科学の教科書》
https://tenro-in.com/mediagp/readinglife-science/65989/
◯ Mathematica
プラトン立体とは?五つの正多面体をわかりやすく解説
https://mathematica.site/web-mag/column/platonic-solid/
◯名古屋市科学館
自然現象にみる数学
https://www.ncsm.city.nagoya.jp/cgi-bin/visit/exhibition_guide/exhibit.cgi?id=S426&key=ふ&keyword=フラクタル
◯全国土地改良事業団体連合会「疏水とはなにか」
https://www.inakajin.or.jp/works/pr/sosui/about